京都市内バスアナウンスを実際に聴いて感じた事

京都の市内バスのアナウンスが合成音声になり聴いていてとてもツラい、と言う趣旨のオンライン署名運動を見つけて、実際に聴いてみたいものだと思っていたところ、ちょうど京都に行く事になりましたのでバスに乗る用事を作り、聴いてきました。

 

合成音声が聞き苦しいポイントとして、

声がぎくしゃく感じられる、

音源が前後する、

大きさが変わる、

音と音の間に無音の隙間があって息が止まる

呼吸してない声なのでこちらの呼吸が止まってしまう

などがあるかと思います。

あとはなぜか甘い感じの女子の声が多いので、その「甘さ」に不快感を感じる方もいらっしゃるようです。

 

実際に聴いてみた京都の市内バスはそれらに加えて

妙に早口でこちらの心拍数が上がる、

お年寄り向けかもしれないがボリュームが大きい、

他の音声で別な注意の放送も流れるので非常にせわしない気持ちにさせられる

など、私は感じました。

(あと、本来のイントネーションではない読み方になってしまっている停留所名もあるそうです)

 

この署名運動を始めた方は、とても耳の良い人かも知れません。聞き流す事の出来ない真面目な方なのかも知れません。どんな方が始められたにせよ、こういう注目されづらい問題点を発見し提議する事は、とても意味のある事だと思います。

聴覚が過敏になっていて、ちょっとした大きな音が苦痛でたまらない方もバスに乗ります。

発達に凸凹があって聴こえてくるリズムに引っ張られすぎてしまう子供たち大人たちもバスに乗ります。

過労から聴覚からの入力が上手くいかなくなっている人もバスに乗ります。

どんな人にとっても快適な音環境を目指す方向に声をかける上げて行く事には、とても大きな意味がある、と聴覚のトレーニングを生業にしている私は思うのです。

 

同じ京都市内を走っているバスでも旧来のアナウンスのバスもあり、そちらは標準語に近づけようとしているけれど京都らしい柔らかな声によるアナウンスで、観光客としてどちらが素敵に感じられるかと言えば当然こちらなのです。合成音声だと東京でも京都でも大阪でも博多でも札幌でも同じ声のアナウンスになってしまって、それはJR駅ビルの風景がどんどん国内全体的に似て来ているのと同じように、旅の楽しみを激しく削ぐのだ、と、バス会社の方に早く気づいて頂きたいものです。